かって、三島由紀夫氏は自衛隊のバルコニーに立ってマイクを持たずにこう叫びました。
おまえら、聞け。静かにせい。静かにせい。話を聞け。
男一匹が命をかけて諸君に訴えているんだぞ。いいか。それがだ、今、日本人がだ、ここでもって立ち上がらねば、自衛隊が立ち上がらなきゃ、憲法改正ってものはないんだよ。諸君は永久にだね、ただアメリカの軍隊になってしまうんだぞ。(中略)
おれは4年待ったんだ。自衛隊が立ち上がる日を。……4年待ったんだ、……最後の30分に……待っているんだよ。諸君は武士だろう。武士ならば自分を否定する憲法をどうして守るんだ。どうして自分を否定する憲法のために、自分らを否定する憲法にぺこぺこするんだ。これがある限り、諸君たちは永久に救われんのだぞ。— 三島由紀夫、バルコニーにて
しかし、ほとんどの自衛隊員は、何が起こったのかわからず、「なんだ!あれは!」というような言葉に代表されるように、冷静に聞ける状態ではなく、駆けつけたマスコミも全容がつかめず、空から取材するヘリの音に肉声は十分に聞き取れなかったようです。
かっての「三島事件(三島由紀夫氏の事件)」についてヘンリー・ミラー(アメリカの作家)はこう語っています。
かつて大衆の意識変革に成功した人はひとりもいない。アレキサンドロス大王も、ナポレオンも、仏陀も、イエスも、ソクラテスも、マルキオンも、その他ぼくの知るかぎりだれひとりとして、それには成功しなかった。人類の大多数は惰眠を貪っている。あらゆる歴史を通じて眠ってきたし、おそらく原子爆弾が人類を全滅させるときにもまだ眠ったままだろう。(中略)彼らを目ざめさせることはできない。大衆にむかって、知的に、平和的に、美しく生きよと命じても、無駄に終るだけだ。— ヘンリー・ミラー「特別寄稿」
ビジョンを共有ビションにすることにも通じる言葉です。
つまり一朝一夕にはできないといことです。
共有ビジョンが生まれるには環境が大切です。
ここではその環境の作り方についてお話します。
ビジョンを伝えるコツ
自分のビジョンに気づいた人は、高揚し、ビジョンを言葉で伝えたいと思います。
どんなに高揚したビジョンでも他者に伝えようとすると、思うように伝わらないもどかしさに打ちのめされます。
「共有ビジョン」に高めようとするなら尚更です。
ビジョンを伝えるコツ・・・それは傾聴することです。
傾聴こそがコミットメントの入り口
まず相手の心にコミットしなければ、なにごとも通じません。
ここで確固たるビジョンを持った人ほど、ちょっとした失敗をやらかしてしまいます。
「そうだろ、そう思うだろ、だよね。絶対だ」・・・その通りなのです。でも100%受け入れられません。
共有ビジョンに必要なのは、自身の熱意でも正しさでもないのです。いいお手本がスティーブ・ジョブズ氏です。彼は自身が創業した会社を追い出されました。
ビジョンを伝えるとは、話すことではなく、「聴くこと、傾聴することです」
三島由紀夫氏もそうですね。コミットメントするためにマイク・拡声器は使わず肉声で訴えましたが、その場では、驚きの方が強くて、聞く体制になっていない人には届きませんでした。とっても残念な出来事です。
本当に高いビジョンほど共有されない
本当に高いビジョンほど共有されることは稀です。
稀ということと難しいは同義語ではありません。
多くの人は、会社の目標に自主的に参画していません。
自主的に参画している人が多いなら幸せな会社です。従属しているだけです。
従順な子どもの心と、無邪気な子どもの心
子どもの心には、従順な子どもの心と、無邪気な子どもの心があります。
保護的な親の心の強い家庭で育った子どもは、無邪気な子どもの心が育ちますが、厳格で抑圧的な親の心が強い家庭で育った子どもは従順な子どもの心が育ちます。
厳格で抑圧的な経営者、幹部が多い会社では、無邪気な子どもの心の強い成人は離職率が高くなります。残るのは従順な子どもの心が強い成人が主になります。
必然で自主的に参画する従業員は少なくなり、ただ言われるままに追随する従業員だけになります。このような場合、ビジョンを共有することは難しくなります。反発でもする方が何を考えているのかよく解りコミットメントしやすくなります。
つまり傾聴するにも、それさえ難易度が高くなります。
従順な人ほど共有ビジョンを持ちにくい
この場合、安心感をもってもらうことから始めます。しかし、それさえも演技に終始する可能性が高いので、潜在意識の底の底に潜るような話し合いを高い頻度で行う必要があります。
採用段階での失敗を乗り越える意志が必要です。
つまり、どういう経営者、幹部であるべきかを先に見直す必要があるというわけです。
傾聴こそ目標達成する道標であることを自身のあり方として身につけます。
共有ビジョンを生み出す環境の作りかたの第一歩です。
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